Friday, August 15, 2014

インターンシップ

長い長いと思っていた(そりゃ3ヶ月近くもあるのは長い)夏休みも残すところ2週間。
宿題は終わっていない。2つめの修士においてもこの状況…あれ?笑

ずっと書こうと思っていたインターンについて。
もっと早く書ければよかったのだけど、わたしのセクションのメインイベントがインターンのラスト3週間にがっつりあったことと引っ越しを急遽しなければならなくなってしまったために遅れました。

以前も書いたとは思うのだけれど、ABTのDepartment of Education and TrainingのNational Training Curriculum(NTC)というセクションでのインターンでした。メインイベントのTeacher Training、つまりバレエの先生たちを対象とする指導資格取得を目的とした夏の講習会が7月半ばから8月頭まであり、3セクション延べ200人ほどの参加者がいました。しかもこの講習会、ABTのサマー・インテンシブと同時並行なためにビルが人だらけ笑 サマー・インテンシブですでに300人を超える生徒たちが溢れかえるスタジオにさらに講習会の参加者のみなさんが!交通整理もインターンの立派な仕事のひとつでした笑

参加申込のデータ処理、受講料の処理、といった準備期間を経ての講習会。講習会といっても、わたしたちは講義するわけではなく、あくまで事務をはじめ、ちゃんとこのイベントが機能するように運営する側。物販のお金を数えて経理部に報告書を作ったり(こんなところでいつぞやのバイトの経験が活かされる笑)、NTCの新しいプロジェクトに関するアンケート調査のデータをエクセルでまとめたり、NYのあとに行われる講習会開催地(いまはスイスで開講中、そのあとはデトロイト)に教材を送ったり、NYの前に行われた講習会の試験のマル付けという地味な作業もたくさんしました笑 それでもどういうことをして運営されているのかという画がみえたのでいい勉強になりました。

NY夏の講習会は、中級レベルのLevels 4-5, Pre-Professional levelのLevels 6-7 and partnering, ちびっこからポアント履き始めるくらいまでのPre-Primary to Level 3という順番で講習会は行われました。「インターンも受講したいレクチャーとかレッスンあったら受けていいからね!」というお言葉にあまえてレッスンいくつかと、1日あったオフの日にもうすぐ受験するLevels 6-7を受講。いやはや、しかし世界中から受講者がやってくるので面白い。日本人の方も何人かいらっしゃいました。

講習会が始まるとLevels 4-7は4日半ほどの講義を経て5日目後半〜6日目で試験(Levels 4-5は筆記+口述、Levels 6-7は口述のみ)。Pre-Primary to Level 3はカバーする内容が多いので火曜日スタートで土日も込みのまるまる7日間の講義のち、試験。Level 5まではわたしも資格があるので、筆記と口述試験、両方の試験官をさせていただきました。特にPre-Primary to Level 3は、110名の受講者がいたので約25分の口述試験のをするのに試験官も5人体制で一日がかり。補佐が足りない!というので、駆り出されました。

わたしが補佐をしていたのはABTのバレエ学校の校長先生で、NTCの共著者でもあるFranco De Vita。Dance Teacher Magazineから2014年度の功労賞を受賞するようなすごい方。いつもバレエ学校のレッスン見学(これは学校の課題の一部)やたまにNYUのレッスンを教えてくださるのでまったく知らないわけではないし(何を重視しているかとか)、すでに受けたレベルなのでおさらいのような感じではあったけれど、一緒に口述試験にたずさわって「あぁ、なるほど。そこがやっぱり大事なのか」「教師としてこういうのはOKだけど、こういうところはもっと気をつけなければいけないんだな」ということを考えさせられました。Franco自身は受験者を手伝ってあげようと「ほかには?」とか「〇〇の面では?」と質問をするのだけど、彼を恐れて試験中に今にも泣き出しそうな受験者もいっぱい苦笑 でも中には口述試験中のコメントやアドバイスをしっかりと受け止めて、試験中でも学んでいこうとする姿勢がみられる方もいて、はっとさせられました。教えることは、もちろん自分の中でしっかり理解していないとできないことでもあるけれど、それを常に柔軟にupdateして向上させていく姿勢はなによりも重要だな、と改めて思わされる。

NYUの方が試験の採点もだいぶ厳しい(例えば、筆記のフランス語の用語のスペルはアクセントもすべて正確に記入しなければいけない)とはいえ、わたしたちがNYUで1学期間、週3回かけて学んでいくところを1週間で詰め込んで試験というのは大変だなぁ…(^^; 受講者のみなさん、本当にお疲れさまです!
以上がわたしの部署のハイライト。

この夏にABTでインターンをしているインターン生のためのプログラムでは、ABTの理事会の方からのレクチャー、ABTのgeneral manager(CEOではないのだけど、制作に関わる芸術監督とはまた別の立場の人)によるメトロポリタン歌劇場のバックステージツアー、Roundabout Theatre Companyというブロードウェイのカンパニーと米ダンス・マガジンを出版しているDanceMediaのインターン生との交流会という名の観劇やレクチャー、Summer Intensiveの集大成のパフォーマンス観劇、ABTのMetシーズンの観劇などなど盛りだくさん。本当に濃厚。バックステージツアーとはいえ、まさかMetのステージ立てるなんて思っていなかったので、感動。同じperforming artsだけれどブロードウェイということでまた立場の違うRoundaboutや同じダンス界だけれども媒体が違うDanceMediaとの交流は、なかなか立ち入る機会がない世界を見ることができたので本当に感謝。

いやぁ、いろいろやったな笑

わたしはあと2週間もしたらまた同じ場所で、同じ先生方から授業を受けるのだけれど(と考えるとものすごい恵まれてる!)、NTCの講習会で毎日顔を合わせていた受講者のみんなやインターン同期で一緒に働いて、仲良くなった子たちとなかなか会えなくなってしまうのは寂しいな、と思ったり。

そんなわけで大変充実した夏休みを過ごしています。
先週末に新居に引っ越して、なんだかんだバタバタしていますが、NTCの講習会があったときには週1くらいでしか行けていなかったバレエのレッスンを今週からちゃんと復活させて、そろそろ学校の課題にも取り組んで、新学期に備えたいと思います。

最後のセメスターは多分発狂しそうになるくらい大変になるとは思いますが、それくらいじゃ死なないので頑張ります。

Sunday, May 25, 2014

なつやすみー!

だいぶ時間があいてしまいましたが、春学期終わりました!
前回の投稿後は、Faculty Performanceに出演したり、期末課題に追われていました。
12日に学校が終わり、去年一緒の作品に出演したみんなが卒業してしまうので寂しく思ったりしていました。
留学もあと1学期を残すのみ!きゃー!!早すぎる!!!

の前に、3ヶ月の夏休み。
あまりにも長いので一時日本に帰ろうかとも思いましたが、夏のあいだに結構やるべきことがあるし、どうせ年末に本帰国になるので留まることにしました。

そのあいだ何をするかと言えば、ABTでインターンをすることになりました。
いまカンパニーはリンカーン・センターのメトロポリタン歌劇場で1年のなかでも一番大きなシーズンの真っ最中(NYCBもシーズン中なので、わたしも二つのカンパニーの舞台観に行くのに忙しい笑)ですが、それが終われば2013/2014シーズンは終わり。代わりにといってはなんですが、バレエ学校(JKO)の方はサマー・インテンシブなどで大忙しになります。

アメリカは夏休みが長いので、そのあいだに子どもたちを3週間〜1ヶ月くらいのサマー・スクールやサマー・キャンプに参加させたります。ダンスやバレエも同様で、有名なバレエ学校では、冬からサマープログラムのためのオーディションを開催しています。サマープログラムで有望な生徒がいたら次年度(9月)からの入学・編入を許可したり、と学校側にとっても生徒側にとってもいい機会なわけです。ABTも例外なく、高校生までの子どもたちの参加するインテンシブ・プログラム、高卒で大学等の高等教育機関に通うひとびとが参加するcollegiate、それからNYのパフォーミング・アーツの高校への夏休みアウトリーチのプログラムも行っています。

ただ、わたしがインターンをするのは子どもたちが対象のものではなくて、いまNYUで学んでいるカリキュラム(National Training Curriculum)のインテンシブ。10日間ほどの講習会を受けて、NTCの教授資格試験を受験するというプログラム。NYでは年2回、NTCのインテンシブがあるのですが、夏場は先生たちも勉強できる時間だし、なによりも都合さえつくのならばNY来るのは凍てつく冬よりも夏の方がいいですよね?笑 もちろん、すでにスタジオで教えている先生方だけでなく、現役のダンサーやABTのスタジオ・カンパニーの若いダンサーたちも受講していたりします。ダンスを教える身としては、大御所ABTの名前がはいった指導資格が履歴書に載るのは強みになるし。ちなみに、NYUのプログラムは各段階を1セメスターかけて学ぶので、10日間ほどで学ぶインテンシブよりも理解の深みがぐーんと増します。(もちろん学費もぐーんと増します(^^;)

なぜこの部門のインターンに応募したかというと、わたし自身が中身を勉強しているNTCがどのように運営されているかを知るため。NTCは、もともと(ひとまず)アメリカにおけるバレエ教育の変革のために考案されたもの。将来、日本でなにか舞踊教育に関わる活動をしたい、と思ったときに、どのような手段でアプローチするのが効果的なのか、どのように運営すればいいのか、といったことを知るのに参考になるかなと思ったのです。

インターンは6月5日から始まって8月まで続く予定です。NYでインテンシブが開催されているときは毎日いかなくてはいけませんが、それ以外は週3くらいなので、バレエのレッスンに行ったり、来学期執筆予定の修論、それから11月の学会で発表予定のポスター発表の構想を練ったりと建設的に過ごせるかなーと思っています。日本で研究してきたことを、これまでNYUで勉強してきた実践に近いアプローチで捉え直すとどういうふうになるかな、とワクワクとぞくぞくです。

とりあえず1年終わったので、今週末はオレゴンに住む古くからの友だちを訪ね、その次の週末はmy old American homeであるコネチカットにいる友だちを訪ねる予定。どちらもとても楽しみです:) 

そのうちにこの夏の観劇記録でも書きます。

ではでは!

Friday, April 11, 2014

YAGPとバレエの将来について考える。

2014年のYAGPのNYC final, final roundとガラを見てきました。
YAGPとはYouth America Grand Prixの略で、ちょっと前に公開されたドキュメンタリー「ファースト・ポジション」で取り上げられたコンクール。去年「ファースト・ポジション」を観たときに、来年は決戦観に行けるのかなーなんてのんびり思っていたのが実現しました。

今年で15周年のYAGPは、いまではローザンヌと並んで若手ダンサーの登竜門と言えるのではないでしょうか。初回グランプリだった方が最初はTriBeCaにある小さな劇場で行われた決戦がいまやリンカーン・センターで開催されてる!とおっしゃっていたことからもその成長ぶりが伺える。コンクールは、ソロ、パ・ド・ドゥ、グループといった部門があり、それぞれ年齢や性別で分かれています。順位はでますが、あくまでも将来のダンサーを育てることが目的。コンクールと並行して、有名バレエ学校やカンパニーのディレクターによるマスター・クラスやバレエ学校のスカラシップ・オーディションなども開催されます。8-19歳までが参加するので、バレエ学校へのオファーはもちろん、年齢によってはカンパニーとの契約もこのコンクールが提供する機会に含まれています。

アメリカ全土はもちろん、ヨーロッパ、アジアを含め全世界から出場者が集まってきます。決戦前にNYで行われていたNY finalsには300人を超えるダンサーが参加していたそう。ガラで披露された出場者全員によるGrand Defiléは圧巻!!「えーそんなに人乗るの?」とか思ったけど、乗ってた…。すごい。さすがここまで残っただけあって、数回のリハでキメてくる。NYCBのホームのリンカーン・センターのKoch TheatreでYAGPのファイナリストとして踊れることは若いダンサーたちにとって、素晴らしい経験になっただろうな、とジーンとしてしまった。

こうしたコンクールが一国に留まらず国際的になっていくのはいいことだし、本当に教育的意義を考えたら当然と思うのだけど、もともとはアメリカにおける経済格差ならぬ「芸術格差」や芸術―特にダンス、バレエの将来をいかに持続させていくかといった問題への解決策の意味も含まれていたよう(http://www.huffingtonpost.com/phil-chan/steps-toward-diversity_b_4843718.html)。実際に、家庭や自国の経済状況でプロのダンサーを目指すことが困難な才能あふれる若いダンサーたちがこのコンクールを経て、世界中のカンパニーで活躍している。NYで行われるファイナルの旅費もカバーされるという太っ腹ぶり。すごい。

ガラはStars of Today Meet the Stars of Tomorrowというタイトルで、入賞者たちのパフォーマンスとコンクール出身者(同窓生というのかしら)やゲストによるガラ・パフォーマンス。決戦に残った日本人ダンサーたちは上手だなーと脱帽。やっぱり日本人の丁寧さは評価に値すると思う。男子も女子も入賞者がいました。ローザンヌで一位でスカラシップをもらった二山さんがシニアの男子の部で一位!さすが。グランプリは同じくシニアの男子の部から出場していたCesar Corralesは、思わずアツくなってしまうようなパフォーマー。ドンキのバジル、ハマってた!グループの1位だったメキシコの学校の身体能力ものすごかった。人間が壁になってそこを駆けていくのがとても印象的。

Stars of Todayは、わたしの大好きなNYCBのSara Mearns、ABTのMisty Copeland(Ballroom dancersとのコラボ!)やシュツットガルト・バレエのEvan McKie(NYデビュー!)、それからおそらく初めてLucia Lacarraを観て、豪華さにクラクラ。恥ずかしながらガラ観るまで知らなかったのだけど、MOMIXというカンパニーのナンバーもとっても面白かった!スキー・ジャンプの板をはいて(?)、シルバーの全身タイツに身を包まれた2人のダンサーの作品なのだけど、creative curiosityとダンサーの質の高さにドキドキ。とってもカッコ良かった。一流のバレエ・カンパニーで踊るダンサーたちのパフォーマンスや作品を観る機会があるのも若いダンサーたちにとって大事だよなと改めて思った。

んだけど。この点については触れないわけにはいかないので。
日本でもダンスの浸透度はかなり高いと思うのだけど、アメリカも同様。最近は下火になってきているようだけど、アメリカン・アイドルみたいなトーナメント式(というの?)でダンスを競うSo You Think You Can Dance?(SYTYCD)のようなテレビ番組、それからミュージック・ビデオ等でダンスを目にする機会はぐーんと増えています。が、これらで目にするダンスは果たして芸術としてとらえられるのか?テクニックを披露するならサーカスや体操と一緒じゃないか?と思ったりするわけで(というかサーカスや体操でも芸術性が高いものもあるからわたしとしても複雑)。それに加え、さすが競争社会アメリカとでも言うべきなんだけど、アメリカにはCompetition Danceと言って、ジャズやモダンベースのダンスがあり、とても盛ん。competition danceというだけあって、開脚ジャンプやらターンやらがやったら多い。こうした環境にいると、バレエに限らずダンスの芸術性とは?というのが問題になってくる。

YAGPをみていても思った。テクニックが強いダンサーはたくさんいる。今日も10歳の子たちが余裕でトリプル以上のピルエット決めててすごいなと思った。たしかにいまの時代、女性でもピルエット3、4回くらい回れるの普通とか思われてるかもしれないけれど、それをやって作品の流れが切れてしまうならやんない方がいいっていうか、やる意味がないわけで。極端な例だけど、回れるからって「白鳥の湖」の二幕のソロの最後のナナメのところで、音にはまらず回り続けるオデットとか観たくないし。artistryってそういうものじゃない。

参加者の年齢的にも「どこまで脚があがる」「何回ピルエット回れる」「どれだけバランスとれる」というのは分かりやすい指標なのかもしれないけど、それでもダンスは、バレエはそこじゃないだろうって思わずにはいられない。もちろんテクニックだけじゃない、「ホントにそれで14歳なのか…!」と言いたくなるような素晴らしいダンサーも多いのだけど。

なぜこの話をしているかというと、ガラでも入賞者やプロのダンサーたちが踊っているとき(そりゃ確かに世界トップレベルのダンサーだからテクニックもすごいけど)に、「評定会じゃないんだし、そんな技決めるごとに拍手しないでも…」と思わずにはいられなかったから。
会場は関係者であふれている。つまり出場者の家族や友だち、それから出番を終えた出場者たちが、バレエを観るときに「そういうところ」を重視してるということになる。応援の意味もこめての拍手や声援ももちろんあるだろうし、テクニックのレベルがもちろんすごいんだけど。ただわたしが息をのむのが「すごい」じゃなくて「そこまでやらなくていい・心臓に悪い」みたいなニュアンスになるのが少なくなかった。

あと多分普段劇場にバレエを観に行くような機会がない人たちもたくさんいるからだと思うけど、マナーが悪い。YAGPのファイナルとガラなんてもう本当にお祭りみたいだから許せるんだけど、それでも「ああバレエに携わっていても、バレエをどうやって鑑賞・味わえばいいかしら知らないんだなぁ」と。

わたし厳しいのは分かってるのだけど、こういうところがバレエに関わっていて、人間形成に意味あるところだと思ってる。

まぁこういうコンクールである以上、それはそれで仕方ないし、なによりも、YAGP、それからその後のバレエの教育を通して、よりよい方向に成長していってくれればそれでいい、と思っています。それも含めた教育の場であってほしいな、と。参加者はもちろん、先生や家族をはじめとする彼・彼女たちが属するコミュニティー、そういったところにYAGPのような場で発信されるものが少しでも伝播していくのが重要だし、それが開催の根底にあるのってとても大事だと思う。

いろいろ残念だと思ったことを書き綴ったけれど、こうした機会があるというのは本当に素晴らしいことだし、To ensure the future of danceというフレーズがYAGPのロゴとともにスクリーンに写されたときはその心意気に胸が熱くなった。
「お稽古ごと」であっても、プロを目指すのであっても、教育的な側面として大事な部分って一緒だと思う。日本は「お稽古ごと」の精神があるから、他の国と比べたらこうした考えは浸透してるのかもしれない。でも「ただの習いごとだから」とか「バレエは学校教育で使えないから」というような考えに対して、いやいや、意味あるよ、って言えるものを見つけた気がする(というか、本来習いごとやお稽古ごとの意義はそこにある)。バレエ人口が超多い日本において、バレエの教育的側面をしっかり考えて、サポートできる体制がきちんとあったら、たとえ、お稽古ごと・習いごとでも、学校教育じゃなくても、ちゃんと大規模で意味あるものになる、とこの2日間、YAGPの規模のデカさを体験して、思いました。

がんばろ。

Thursday, March 27, 2014

Fulbright Enrichment Seminar at Pittsburgh!

春休みの後半でFulbrightのEnrichment Seminarに行ってきました。

と、その前にかるく、フルブライト奨学金の説明を。

フルブライト奨学金は、フルブライト上院議員のはたらきかけによって、いまから約60年前にアメリカと世界各国の相互理解を目的として発足された留学奨学金制度。約150カ国が参加しているというプログラムで、アメリカからの留学もアメリカへの留学も、アメリカ政府とその国の政府から奨学金が給付されるシステム。

今回のセミナーも68カ国(だったかな?)からの参加者がいました。本当に世界各地から来ているので、母国から遠いところだと「ん、どこだ、それは…」となる参加者も少なくない苦笑 でもそうして「この国の人と出会えるなんて思ってもみなかった!」というような出会いが生まれる。アメリカと自国だけでなく、アメリカに集まった各国のひとびととも出会えるという機会がもうけられているのが素敵なところ。相互理解には、実際にその国の人と会ってみる、その国に行ってみる、というのは月並みに聞こえるかもしれないけど、やっぱりそれしかないとわたしも思います。遊びに行こーと思ったときに、案内して!とお願いできる国がかなり増えました笑 

Enrichment Seminarは1年目のフルブライターたちが参加できるセミナーで、自分の興味のあるトピックの希望をだして選ばれた人たちが参加できる形式。

わたしが参加したのはCivic Engagement: Youth Empowermentというテーマのセミナー。このYouth Empowermentのセミナーは何カ所かで開かれていて、ピッツバーグもそのひとつ。しかし、ピッツバーグってどこ笑 とか思っていましたが、なかなか興味深い街でした。まったく予備知識なしで向かったのですが、ピッツバーグが辿ってきた歴史をしっかりとレクチャーされ、初日のディナーには市長さんまでやってきて、これからどうやってやっていくか、というようなことを話してくれました。

ピッツバーグは採鉱・鉄鋼の街としての繁栄から、鉄鋼業による環境汚染、それからその廃退という転落を経験した街。そしてそこからのカムバックという歴史を持っている。University of PittsburghとCarnegie Mellon Universityの二つの大学の専門分野(医療やサイエンス全般などが主に有名)で、ふたたび若いひとびとが集まってきたりしている。面白いのが、ピッツバーグに住む人たちはこの街をとても気に入って、この街出身じゃない人も住み着いたりするケースが多いということ。いまもまだたくさんの問題を抱えているわけだけど、地元愛にあふれるひとびとがポジティブな力でよりよい街にしていこうとする姿勢がとても印象深かった。
余談ですが、Carnegie Mellon Universityのキャンパスに一瞬入ったのだけど、とっても素敵。バスにいるあいだずっと「ここで勉強したい!!」って言ってました。笑

Youth Empowermentというのは日本語にどう訳せばいいのか分からないのだけど、とりあえず若者がきっかけとなって動けるようにする力をあたえる、ということ。「与える」というと語弊がありそうなのだけど、とにかく、実際にその街で生活をしている人の意見や声を聞く、ということの若者版と捉えてもらえればいいかと思います。

全部書くとあまりにも長いので印象に残ったことを。

パネル・ディスカッションで、Teen Blocという団体で活動している地元の高校生たちが自らの活動を話してくれました。いろんなことをやっているのだけど、高校生の立場から自分たちの権利を守ろう、と主張したり(その権利についての法案を提出したりしてる)、高校生たちが自由に表現できる場を提供したり、と高校生ってこんなことできるんだと驚き。いわゆる生徒会とかも同じような機能だとは思うのだけど、学校を超えての活動だから影響の範囲がより広いし、そこで取り扱う問題もより社会的になるんだと思う。フルブライターたちも「自分が高校生のときにはあんなしっかりしてなかった」と脱帽…笑。

すごいな、と思うのは、生徒たちはもちろんなのだけど、それをサポートしようとするシステム、あるいは大人側があるということ。法案を書くにあたっては、子ども・青少年の権利のエキスパートがサポートにはいったり(もちろん案は高校生から出てるけど、それをどうやって法的に書くかということのサポート)、高校生たちの声を広げるためのプラットフォームとしてメディアを提供したりする団体など、そうやってサポートするシステムがあれば、いわゆる社会的な立場では声が届きにくい子どもたちでもちゃんと声が届く。そして、子ども・青少年の声を届けようとして活動している専門家や大人たちがいるのが目からウロコでした。

もちろん、この地域の高校生、みんながみんなこの団体の生徒たちみたいに本当によくできた子たちではないわけだけど、それでも大事だなと思ったのが、子どもたちに責任を持たせる、ということ。当たり前だけど、子どもだからと言って、あれもこれも「半人前だからできない」と言われるのは面白くない。でも彼らなりの考えや意見があって、特に学校教育の場なんかでは、それを聞くことってとても大事なことなんじゃないだろうか。パネルで言われていた例が、校内の警備員が銃を持ち歩いていることについて。いくら警備員とはいえ、学校の敷地内に銃があるという事実は変わらない。そのことがかえって生徒たちを不安にさせるというのであれば、その体制は本当に望ましいものなのだろうか?この体制をとっている学校はひとつだけではないし、学校を超えてより多くの生徒たちが声を上げれば、それを変えることも可能になる。「状況を自分たちの力で変えることができるんだ」ということを若いうちに体験できるのは、すごいことだと思う。そんなに物事シンプルじゃないとは思うけど、そうやって育ってきた人たちが増えていって、いろいろな問題に面したときに諦めるんじゃなくて、どうしたら改善できるか、と協力し合って(大人になったってそれは1人じゃできないから)取り組める力が大きくなるのは、やっぱりいいことなんじゃないかと思う。

そして、こうした活動をしているのはNPOがほとんどで、そういう団体が少なくないということ。フル・タイムで働いてる人が1人とか多くても数人しかいなくて、あとはパート・タイムやボランティアでやっていたり。よくそれで回るなぁと感心してしまうのだけど、これもアメリカの文化らしい。前学期のperforming arts administrationの授業で読んだ本に「アメリカはNPOで成り立っているといっても過言ではない」というようなことが書いてあって「へぇ」と思ったのだけど、それを実際に見てきたような3日間でした。地元愛が溢れるひとが多いと、より積極的にボランティアなどに関わって自分の住む地域をよくしようと思う人も多いのかしら。ここでも「自分たちの力で状況を変えることができる」というのが鍵になる気がする。
なんとも、アメリカらしい。でも「自分たちの力で状況を変えることができる」ということを知っている、というのは、老若男女関係なく、やっぱり大事なことなんじゃないかと思う。
セミナーの内容とは離れるけれど、フルブライターたちについて。いつだか前にも書いた気がするけれど、フルブライトのすごいところは、奨学金をだしてくれるところだけではなく、というか、それよりも、こうした機会を設けてくれるところ、それからその先々で出会うひとびとにある。
以前からすごいなーと思っていることなのだけれど、本当に世の中のためを思って、行動を起こそうとしている人たちはちゃんといる。もちろんフルブライト外でもそういうひとびとはたくさんいるのだろうけど、わたしはフルブライトで出会ったひとびとを通して、世の中は悪いところじゃないって思い始めている。
わたしは基本的に世の中面白いと思って生きている人間だけど、やっぱりどこか懐疑的なところもあって、なにかの記事を読んだり、テレビで見るだけでは「うさんくさいな」と思ったりすることがかなり多いし、遠い人たちは何をやっていても遠い。でも、そういうことをやっている生身の人間(しかもその信条がにじみ出てくるような人間性の持ち主)たちと話したり、ともに時間を過ごしていると、good minded peopleというものは本当にいるんだ、と希望がわいてくる。その人たちの話を聞いて「そうか、そういう問題があるのか」「そういう側面からもアプローチできるのか!」と知ることもしばしば。知り合う人種も含め、世界が文字通り、ぐーんと広がる。そうして広がる世界を、新たな視点でみることができる経験というのは、素晴らしい財産だな、と。そういう人たちが集まる場にいられる機会があるのは、本当に、本当に恵まれてる。この機会を与えてくださったフルブライトには感謝してもしきれないのではないかな。

わたしもつたないながらも、わたしの大事に思っていることを伝えたりしながら、誰かの世界が広がれば、と思うし、その先々でなんらかのいい影響を与えることができれば、と思っています。

Saturday, March 15, 2014

ダンスをやる意味―Kaleidoscopeの活動をとおして

待ちに待った春休み!
まだ何もやってないような気もするけれど春学期、そしてプログラム自体も折り返し。
でも振り返ってみるとかなりいろいろやったなぁと思う。

論文みたいなタイトルになってしまったけれど、今回は毎週金曜日の朝にあるKaleidoscopeというワークショップ形式の授業のはなし。ワークショップ形式といっても、わたしたちが受けるのではなくて、提供する側。毎週NY市のいろいろな学校の、いろいろな学年の生徒たちを招待して行っています。

Kaleidoscopeにやってくる生徒たちは、African AmericanやLatinoが多い。Kaleidoscopeに参加している学校がすべてそうというわけではないのだけれど、低所得地区の学校が多いと人種も偏るのが事実。わたしも詳細はわからないのだけれど、NY市の公立学校の差は、日本の学校と比べ物にならないんじゃないかと思う。たしかABTのアウト・リーチの話で書いたけれど、まずNY市における貧富の差はものすごい。治安が悪いような地区にある学校は、低所得の家庭の子どもが多い。いろいろな事情で両親と住むことができない子どもたちもいるし、シェルター(家がない人のための自治体が提供している施設)で暮らしている子どももいる。もちろん日本でもそういう子どもがいるのは分かっているけれど、割合が違う。そういう子どもが学校にいても特別じゃないレベルの学校が少なくない。多分今までNYUに来た学校の半分くらいはそういう環境の学校だったんじゃないかと思う。アパートに住んでいても一部屋に家族全員(親戚もはいるレベル)で暮らしていたり、家族がギャングだったり。より高学年になると、特に移民の子どもは、家族のなかで自分が初めて高校を卒業するという生徒もいる。学校の建物内は安全だけど、その周りは危ないというような地区は未だにある。人種、経済状況、社会的地位が多様なNYだからこその問題。

ダンスの授業も毎日ある学校から週1回の学校、さらには専門選択科目としてやっているグループなどさまざまだけれど、基本的にはテクニカルなワークショップはやりません。Kaleidoscopeで行うのは簡単なエクササイズとテーマにそった創作。前もってダンスの先生に生徒たちがどのようなことをやってきたのかを聞いて、それに基づいて授業計画を練る。学年・年齢に関わらず、生徒たちができるだけ自発的に活動できるようにKaleidoscopeのメンバーがサポートにはいる。あくまで生徒主体。当然だけれど、創作活動なので「正解・不正解」もない。

なぜアウト・リーチでなくイン・リーチなのか、というと、自分の住んでる居住地区から抜け出して違う地区に足を伸ばすこと、大学という場に足を踏み入れることが、そうした環境で暮らしている子どもたちにとって大きな意味を持っているから。家や学校の外を歩き回るのが危ない地区なのであれば、どこかへ出かけるようなこともない。家族で高卒すらいないのであれば大学という世界がどういうものなのかもわからない。ダンス以前に、NYUまでやってくる、というだけでも彼・彼女たちにとっては冒険だし、場合によっては恐いことでもある。ただ、わたしたちがsafe spaceとして、踊る空間、そしておどりを自由に創ることのできる空間を提供することができれば、生徒たちに「こういう場もあるのか」「こういうこともできるのか」という気づきや、もしかしたら希望を与えることができるかもしれない。もちろんアウト・リーチでも変化は生まれると思うけど、いつもの「場」から抜け出すというのは本当に大きいことなんだと気づかされる。

今週わたしたちが迎えた小学校2年生たちはスタジオにはいるなり「わーーーー!」と息をのんでいた。わたしたちがいつも「ボロい」「汚い」「スピーカーが壊れてる」とか文句を言っているスタジオも、その子たちにしてみたら天国。「こんなに広い空間初めて!」「鏡がある!」と目を輝かせていた。この子たちは格別に素直で、話もとってもよく聞けるグループだったので余計だけれども、その体験だけでも意味があるんだと実感させられた。

いつもワークショップのおわりに円になって座って、みんなで感想を一言ずつ伝えるセクションがある。「ダンスを創るのがこんなに面白いとは思わなかった」という感想は珍しくないし、そこが一番楽しかったと言う生徒は多い。わたしの印象に残っているのは、中学生の生徒の「『いまのよかったね!』って声をかけてきてくれて嬉しかったし、全体的にそうやって認め合える雰囲気なのがよかった」という感想。

わたしたちは、このワークショップに参加している生徒たちとその時間だけしか共有していないから、普段どういう生活を送っているのかなんてわからない。でも終わったあとに先生から学校や生徒たちの状況を聞くと「本当にそんな生活を送っているのか」と思わざるを得ないこともたびたび。そんな環境で教えている先生方には頭があがらない。それでも、生徒たちにとって特別な場で、思いっきり身体を動かして、グループのみんなであれこれアイディアを出して自分たちのダンスを創るという作業は、はじめはこわくても、やっぱりワクワクする楽しいことなんだな、とか、ちゃんと意味のあることなんだな、と思いはじめている。劇的にlife-changingでなくても、学校や家に帰ってからも「あのワークショップ楽しかったなー」って心に留まるものとなればいいな。ちなみに、「リズムに合わせて身体を動かす」ことが目的のダンスは、意義がとても限られてしまうと思うんだよなぁ。楽しいことは楽しいと思うのだけど、どれだけ「認め合える機会」が生まれる?どれだけ心に残るものになる?

当たり前だけど、Kaleidoscopeのような活動は、ダンサーや振付家を育てるためにやっているのではない。でもダンス(のようなもの)を必要としているひとびとが世の中にはたくさんいる。本人がそれに気づいていない場合も大いにあるということ。それに恵まれて生きてきた人間には理解できない意味を持っているかもしれない。わたしはダンスがすべての解決策とは思わないし、ダンスがきっかけで他のなにかにつながるのであれば、最終地点や解決策がダンスじゃなくてもいいと思う。それでも、本当に、世界で生きていく上で必要な「なにか」や「そのきっかけとなるもの」を提供できる力や可能性をダンスは持っている。気づいてないひとも多いのだったら、きちんと触れることのできる場は多い方がいいんじゃないの?と思うわけです。

人間それぞれ得意不得意なことはあるし、みんながみんな自分の能力を活かせる場で活躍できるとも限らない。みんながエリートでばりばり働いて稼ぐわけでもないし、芸術家として成功するわけでも、オリンピック選手になるわけでも、世紀の大発見をするわけでもない。そういうのはそういう人に任せとけばいいわけだし、みんながそんなんでも困る笑 そりゃ生活していくのに、国語・算数・社会・理科もお金もそれなりに必要だけど、本当に「生きていく」にはダンスを始め芸術系のものが持っているようなものが必要なんじゃないかと思う。別に芸術系だけが持っているものでもないから、人によってはそれがスポーツだったりするんだろうけど、ダンスがそれを持っているのをわたしは分かっている。別に「万人が生きていることの意味についての考えを持つべきだ」というわけでもないけど、まぁ生きてたらそういうものにぶち当たるのではないか、と知的好奇心で生きているわたしは思うわけで。そういう疑問だったり、深刻な問題にぶちあたったときに路頭に迷うんじゃなくて、自分でも何かできるという希望や自信と考えられる力があればいいな、というだけの話。

いままで書いてきたいろんな要素のまとめみたいな気もするけど、ずーっとおどってきた人間がいう綺麗事なんかではなくて、「なるほどそういう意味もあるのか」という程度でもいいから、少しでも多くの人に届けばいいなと思っている。

Sunday, February 9, 2014

Spring Semester 2014

2学期目、春学期が始まって早2週間。
こんなに忙しくなるはずじゃなかった!と思いつつ、また秋学期とは違う刺激で勉強になる。

今学期は、秋に引き続きABTの専攻の授業、Research in Danceという来学期やる研究・論文執筆に向けての研究方法入門の必修授業、あと選択のDance in Higher Educationとタップを取っています。それとは別に、単位にはカウントされないKaleidoscopeというアウト・リーチならぬイン・リーチの活動をする授業、誰も未だに理解できない必修のProgram Meetingという授業(苦笑)と来学期のMasters’ Concertの振付希望者のためのワークショップも履修しています。

大学院入ってからの方が毎日学校行ってる気がするのだけれど…しかも金曜日は朝10時スタートのKaleidoscopeに始まり、Program Meetingとタップで夕方6時まで途中30分休憩2回挟むだけのつめつめ。

ABTは、今学期もNTCについて学ぶのですが、それとは別にブルノンヴィル(デンマーク)とチェケッティ(イタリア)のスタイル・メソッドも学ぶことになっています。この一週間はブルノンヴィルのエクササイズをビデオと文献で解読して、クラスで教えるということをしていました。ブルノンヴィルのスタイルは、普段慣れているものとは、動きの組み合わさり方、音の取り方、floor patternというのかpathwayなどがだいぶ違うので解読するのも、デモンストレーションするのも一苦労!でもやらなきゃわかんないよなぁと実感。来週はチェケッティ。NTCはチェケッティ・ベースなので、これを学んだらまた理解が深まるかな、と期待。

どうかなーと思いつつ取ったDance in Higher Educationが面白い。ここ2週間はアメリカの高等教育(大学)においてどのようにして舞踊が学問として発展してきたか、という歴史を辿っている。こうして文献を読んでいくと舞踊教育のなかでも自分の興味があるところとないところの差もわかるし、なにを大事に考えているかということがわかる。「こういう道を辿ってきたのか」と知るのと同時に自分のアイデンティティや舞踊教育に関する想いや考えの振り返りみたいなものもあって面白い。これについてはまた近々まとめてブログに載せたいと思っています。これが終わると、高等教育で働くとはどういうことか、ということ、どうやってapplyするかといったことまでやっていきます。

Kaleidoscopeは秋学期からやっているのですが、今学期から本題!おそらく秋学期のはじめにも説明しましたが、この授業はカンパニーとして機能する特殊な授業。毎週金曜日の朝、K-12(幼稚園から高3まで)の年齢層の生徒たちをNYUに招いてダンスのワークショップを行うイン・リーチのアクティビティ。受講しているメンバーが2人組になってレッスンプランを立てて、他のみんなもサポートしながら、ワークショップをやっていきます。わたしの担当は3月半ばまでないのですが、すでに小2と中2のグループがきて、面白い。ABTでのレッスン見学でなんとなーく異なる年齢層がどういう感じか、というのは掴めてはいたのだけれど、バレエ学校(スタジオ)に通っている子と普通の学校の子ではまた全然違うし、見学しているのと教えるのも別物!小2と中2という年齢差、発達の段階の差というのも見えて面白い。とまどうことも多いのだけど、たくさん知ることができるのではないかなと思っています。

4月には教員たちが振付をするFaculty Concertがあって、NYU-ABTの卒業生で現在Dance Educationのプログラムのアシスタントをしてる方のバレエの作品に出演します。ガーシュインの曲にあわせて、Balanchineを意識した作品でとっても素敵!しばらくバレエの作品には触れてなかったので嬉しいし、「あぁやっぱりホームなんだな」と思っています。

これに加えて空き時間にできるだけJKOでのレッスン見学をやって今学期中に40時間こなさなければならない。レッスンと授業の時間合うところを見つけるのが一苦労。まだ課題がそんなにない状態でこれだから課題ある時期はツラそう…でも今期はpre-professionalレベルのクラスをメインに見学していくので、見学しているうちにファンになってしまうような才能あふれる若いダンサーもたくさんです。

授業とは別にレッスン(バレエもタップも!)受けに行きたいのにー!とは思っていますが、なかなか。でももう2月だし、2月は短いし、NYの春はまだまだ先だけど、冬はもうすぐ終わる(ハズ)!!!と考えたら、よし頑張ろう!と思えます。学期始まったとたん、今学期すぐ終わりそうと思ってしまうほどですが、たくさん学んで、考えて(さっそくいろいろ考えることがありdance educatorになるには一体どれだけ広い範囲のことを知ってなくちゃいけないんだろうと再び思っている)、雪と寒さに負けず、フットワークを軽くやっていきたいと思っています:) 

Monday, January 20, 2014

2013年年末に考えたことのまとめー「教育」とは。「教える」とは。

冬休み真っ最中。ありえない寒さにたびたび襲われるNYCですが、たまに鼻風邪をひいたりしつつ、元気にやってます。
いまさらだけど、無事にこちらにきて一学期も終わり、成績も無事オールAだったので安心。ふふ。
年末は両親や友人がNYに遊びにきていたのでもっぱらツアーガイドをやってました。 大好きな街に大事な人たちが遊びにくるというのはなんとも嬉しい。
来週からいよいよ春学期がスタートしますが、その前に。
学期末から冬休み中にかけて、「教育とは?」や「教えるとは?」ということを自分でまとめたり、友人と話したりするなかで気づいたことを改めて振り返ることにしました。芸術や舞踊教育については、まだしっかり考えることができてないので、とりあえずわたしの根本的な教育への見解を。


秋学期、いろいろな教育者の理論を読む授業があったのだけど、なかなか素晴らしいeducatorsに出会うことができた。
10月末のNDEOの学会で、わたしがもやもやと疑問に感じた「一体なんのための舞踊教育なのか」ということを考える上でもいい材料がたくさんあった。授業でとりあつかった文献や期末のグループ・プレゼンテーションを聞いたりするなか、教育のおそらく最も重要な、幹の部分は「人間、この世界にあって、どうあるべきか」ということなんだという考えに辿り着いた。そしてそこが教育の最高に面白いところなんだと思う。

当たり前なんだけど、その「瞬間」を、その「場」、つまり「いま・ここ」で生きていかなきゃいけないから「いま・ここ」が存在する「世界」を考慮せずに、人間がどうやって生きていくかについてを語ることはできない。どれだけ世界と関わってるかを自覚しながら生きてる人がいるかは疑問なところもあるけれど、まぁ、とりあえずしっかり生きていくためには世界と自分の関係、世界のなかの自分の立場とかといったものがわかってないといけない、ということ。どうしたって世界と関係のなく生きていく人間は誰ひとりとしていないわけだから、教育が「人間、この世界にあって、どうあるべきか」を追求するものなのだとしたら、教育に関係ない人はいない、ということになる。


なんでこんなことを考えていたかというと、まずはもともと教育にまったく興味のなかったわたしが「案外面白いものがみえるかもしれない」と思って始めた根拠をさぐる必要があったということ、それから、わたしが「なんのための舞踊教育なのか」ということを聞かれたときに自信を持って答えられる根拠がわかっていなかったから。でもこうして、上の「この世界で人間がどう生きていくべきか」ということに直接的に関わってくるのが教育、という前提があれば、まず「教育に関係のない人はいない」ということで、弱気のわたし(笑)も、これでいいんだ、という自信がもてる。興味のなかったわたしも「それなら面白い」って思える理由でもある。

つまり、この根拠がベースにあるのだったら、芸術がいちばん包括的にこれを実現できる、というわたし個人の考え・信念をしっかりサポートできる、と考えた。

「結局のところ人それぞれだよね」という姿勢がわたしにはまだあるから「まあ合わない人がいても仕方ないね」とは思うんだけど、芸術にふれて世界が広がっていくひとをみていると、そういう問題でもないんじゃないか、という気がしてくる。

マーガレット・ドゥブラー(Margaret H'Doubler)というアメリカの舞踊教育の第一人者がいた。彼女は「必修科目としてダンスをとりいれるということは、ダンスがどうやって「自分」という人間に影響を与えるかを体験する機会をみんなに等しくつくること」ということを言っていた。わたしがこの一節が好きなのは、まず「ダンスが人に影響を与える」という事実を(あるいは、それを事実として)さらっと提示していること。それから「体験する機会」という言葉。「体験したら重要性わかるでしょ」ということでもあるとは思うのだけど、「最終的な判断はその人に」という余地が残されているこのフレーズがいいなって、ああそういうアプローチで考えればいいのか、と少し安心した。

相当なポジティブ人間みたいに聞こえるんだけど、教育って究極的にいうと「世界は面白いところで生きててよかった」って思えるベースになるものをつくる手段なんだと思う。学校教育だけじゃなくて、家の中の教育も含まれるし、当然ながらバレエ・スタジオもこのなかに入る。きっかけはなんでもいいんだけど、根底としてはこれなんだろうと思っている。

さて。
教育に興味がなかったわたしは、もちろん「教える」ということに関してもあまり興味がわかない。なにかと教育関係のバイトについていたことが多いのにも関わらずそれってどうなのと自分でも思ってしまう。苦ではないのだけど、楽しい!とか好き!というわけでもない。
っていうか「教える」ってなに。どういうこと? 

先日NYUで同じ専攻の友人とご飯を食べていたとき「教える」ことについて少し話した。
彼女は「教えるの楽しいじゃん!」とも言っていたし、いままで出会ってきた先生たちが本当にいい先生たちだったらしくその人たちみたいになりたい、と思ったりもしたらしい。ふむ。「楽しい」というのはあまりわからないんだけど、いい先生たちにならわたしもたくさん出会ってきたし、ああなりたいって思うこともあった。「ああなりたい」というのは「先生になりたい」ということではなく、おそらく「わたしもああいうふうに誰かを影響するような素敵な人になりたい」ということなのではないかと思う。

修論に書いたこととつながってくる(というかそれ以前に当たり前のことなんだ)けれども、だれかを教育するということは、その人を地点Aから地点Bまで連れて行く、見せる、とかそういうこと、つまりその人を変えることになるのではないか。それってつまりは、教育する=だれかを影響すること、と言い換えることができるのではないか。

だれかを影響することなら、なんとなく魅力が分かるかもしれない!
その人をまだ見ぬ(素晴らしい)世界に連れて行くことができるのだとしたら、わたしはそれをやりたいって思うし、そのヒントをあたえたり、誘導したりするのは楽しいし、好きだということに気がついた。多分わたしが知的好奇心のある人間だから、知的好奇心あふれる人間中心的思考でいくとそれはfor the good of peopleになる。おせっかいでもあるんだけど笑
もっと次元の低いところだと、「もっとこうしたら上手く踊れるんじゃないか」というテクニカルな面で気づくことがあったらそこも結構口出しする。見て見ぬ振りはできない、というか、ほっとけない、ということなんだろう。そもそも人をみるのは好きというか面白いから、その上で自分がその人のなにをbring outできるか、ということも楽しい。

なんだか彫刻というか陶芸とかと似ているなと思う。こんなふうに言うとわたしにすべて主導権があるみたいに捉えられるかもしれないけど、そうじゃない。そもそもその人をみていなければ分からないし、はたらきかけたところでどういう変化が起きるのかはわからない。彫刻家や陶芸家だって素材と対話をしてるんだから一方的にやってるわけじゃない(それじゃできないと思う)。その変化が起きたうえでまた次の手を考えるから、また観察・対話に戻る。そう、つまり「教える」というのは「はたらきかけ」なんだ、ということに気がついた。

「はたらきかけ」の関係性というのは、「他」と「自分」という項がないと成り立たない。他が土であれ、人であれ変わらないと思っている。はたらきかけたらフィードバックがある。それが「教える」ことの本質というか構造であり、先ほどでてきた「世界とわたし(つまり人間)」の構造でもある。気づくこともたくさんある。つまり「教える」ということはある意味では「世界と関わる自分」縮小・ミクロ版みたいなものなのではないか。

どうやらわたしは「教える」ということをものすごい狭義的な行為としてとらえていた、ということに気づいた。(Thanks to my friend!)
秋学期の授業で読んだブラジルの教育哲学者パウロ・フレイルPaulo Freireがteaching is learningとか言っていたのを読んでいたのに「そうだよね」くらいで理解したつもりだったのか。もっと壮大というか生きることの本質に関わってくるようなものなんじゃないのか、この「教える」という行為は。不可逆なところが恐ろしいのではなく、面白いのだと思う。 


そして「教育」の魅力のひとつは、一生かけてやっていける、というか一生かけても終わらないというunfinishednessにある。このunfinishednessというのもフレイルの著書(Pedagogy of Freedom)にあったフレーズ。世界と自分の関わりは当たり前だけど死ぬまで続く。自分も変わるし、世界も変わるから、関係性はいつまで経っても変化し続ける。「教える」という行為もこれに然り。
わたしの場合、その手段が芸術であり、ダンスであり、バレエ、となる。っていうか、根本的には芸術がやってることと、わたしがここで言っている「教育」はなんら変わらないと思ってる。

それでもって「教育」の素敵なところは、理論だけじゃなくて実践をふまえないと完全にならないところ。そもそも「教育」が「はたらきかけ」につながるのであれば、実践がなければならないのは当然のこと。そしてわたしはこうして勉強していくなかで「はたらきかけ」られて、変化して、世界と自分の関係についても考え直したりしている―つまりわたしがした「教育」の定義を地でいってることになる。

生きていくというのは究極的にはそういうことであって、わたしは生きていくことがどういうことなのかを見つめることを専門にした、ということになる。それが許されたのだとしたら、それを背負う責任もでてくるわけだけど、責任というよりはミッションとしてやっていく、というか「当たり前じゃん、やんないでどうするの」と実感しているところです。

なんて贅沢な人生!

この機会とめぐりあわせを可能にしてくれたすべてに感謝して、2014年もたくさん踊って学んでいきたいと思ってます。

Wednesday, December 11, 2013

なんとセメスターがおわる。

そんなこんなでもう学期末です。あと2日でFall Semester 2013もおしまい!
なんだかんだこの一ヶ月忙しくて更新が滞ってしまいました。ということで、ざっくり近況報告。
前回の日付から振り返ると、10月末はマイアミで開催されたNational Dance Education Organization (NDEO)による学会に行って、11月半ばには2年生が振付をするMaster’s Concertに出演して、11月末のサンクスギビングくらいから期末という感じでした。

NDEOは、ワークショップがたくさんあって、学校でダンスを教えている人、スタジオで教えている人などさまざまな人たちが実践に役立つものを提供していました。もちろんペーパーの研究発表もあったのですが、ワークショップの方が数が多かったように思います。いろいろと思うところもあったのですが、それはまた今度。いずれにしても「こんなことをやっている人たちがいるのか」と世界が見えたのでよかった。個人的に一番面白かったのは、世界の舞踊教育事情に関するパネル。この国際的な企画は今年が初の試みだったそうで、6カ国の事情をそれぞれの国の代表が話すというものだったのですが、世界的に舞踊教育がどのような立場にあるのかと聞くことができたのは興味深かった。やっぱりどこにおいても芸術科目にするのか、体育科目にするのかというのは悩むところらしい(国の教育機関的にというか。わたしたちは芸術科目として入れたい)。どこも共通してあった問題点は、指導者の質と数のバランスの問題と環境(場所)の問題でした。
それから、学会に一緒に出かけた同期たち4人と一緒の部屋に泊まって、学会でミスする授業の課題のための話し合いや自分たちの舞踊教育に対する信念について夜中2時くらいまで語り合ったり、なかなか充実した時間でした。ABTのコースからはわたしだけの参加で、なかなか丸4日間一緒にいることなんてないメンツだったのでよかったなーと。学校教育における舞踊教育専攻の人たちは、ABTの人たちとはまた違った考え方を持っているから新鮮だし刺激になる。

そのあいだにもABTのカリキュラムを自分の言葉や知識でまとめなおすOutlineというものを作らなければならなかったり。これがなかなか大変で、バレエで使われるボキャブラリー(つまりパやポール・ド・ブラなどの動きの種類)の定義、目的、よくある誤りとその修正法についてまとめて、カリキュラムのレベルごとでどのように発展していくかを表にする、という作業。細かいのだけれど、調べていくと「ああなるほど!」と思うことやステップからステップの発展、またあるステップの誤りが根本的にどこから来ているかがだんだん分かってきてとても勉強になりました。わたしが珍しく連日3時近くまで起きて作業をするということが起きました(本当に大学院生って言えるのかというくらいわたし多分徹夜とかしないんだけど)笑 今学期は3歳からのPre-Primary Levelから10歳以上のLevel3までだったので、その分まで。それから先はまた来学期以降に追加されていきます。ひーひー言いながらABTの同期たちと頑張ってとりあえず制覇。

コンサートは、ABTコースの2年生が振り付けしたFrancesca the Chairというイスを使ったコミカルな友情作品に出演しました。わりと演技がメインなのですが、ところどころに結構マジなバレエのステップ(アレグロやジャンプのマネージュ)がちりばめられていて、音がいっぱいのバロックに合わせた作品で、とっても楽しかった!わたし以外出演者もみんな2年生だったのですが、仲のよさが出て楽しさがたくさん伝わったんじゃないかと思います。評判もよかったし。このメンツで来週焼き肉食べに行くのが楽しみで仕方ない…笑

ファイナルは怒濤のグループプレゼンの嵐。思いのほかたくさん学ぶことがあったパフォーミング・アーツのアドミニストレーションの授業は、実際にNPOにアポとってインタビューしてきて、その団体をSWOT分析した上で、今後5年のプランを提示するというもので、なかなか大変だったのだけど、面白かった。今までだったら絶対に足を踏み入れない世界だったので、仕組みがわかって面白いし、世の中捨てたもんじゃないと思える主旨をもった団体があるということが知れてよかった。けど、団体がインタビュー応じてくれたのプレゼン一週間前だったので準備も怒濤。それに加え、ABT-NTCの指導資格の試験もこの月曜日にあって、さらに今週プレゼン3つで、てんてこまい。今日やっと全部終わったので開放感にひたりつつ、時間があまりすぎてて困っているところ笑 

振り返ると3ヶ月とは到底思えない濃さだったけれど、考えてみたら一瞬でした。というか、この一年変化や面白いことがたくさんあって、本当に長い…笑 NYで舞踊教育、しかもバレエ専門で学べるなんてすごいとは思っていたけど、こんなにもしっかりとわたしの中に土台をつくってくれるようなものになるとは思っていませんでした。日本でマスターをやっていたときからだんだん「ああだからこれやりたいんだ」というようなmake senseする瞬間は結構あったのですが、それがさらに地に着くように整理されて結ばれた感じ。もう少し整理がついたらブログにも載せられたらとは思いますが、わたしのなかの舞踊教育に関するビジョンもしっかりしてきました。いままで学んできたことと照らし合わせることもこれからお休みにはいってじっくりやっていきたいなと思っています。でもここまで発狂せずに(いや多少はしたか笑)やってこれたのも、いつも助け合って励まし合う同期がいたからだなー!と思っています。感謝:) そしてABT同期とは土曜日にロシア料理を食べに行くのでこれも楽しみ笑 大学院一学期生き延びた!!!!と完全にみんな打ち上がってます。

12月後半は家族や友人たちが遊びにきてくれるので楽しみ!:) ひさしぶりのNYのクリスマスを満喫します。
次の更新がいつになるかわからないので、とりあえず、Happy Holidays to All!!

Friday, October 18, 2013

ABTのアウトリーチについて

いずれにしても書きたかったことではあるのだけれど、来週課題提出があるので今一度理解を深めるためにも。
(ブログなんて書かずにさっさとessay書いたほうがいいのでは?というのはおいといて)

American Ballet Theatre (ABT)は世界的に有名なバレエ・カンパニーです。プリンシパル・ダンサーにはバレエをやってる人なら誰でも知っているようなダンサーがわんさかいます。来週日本で公演を行うNew York City Balletとともにアメリカでも人気のカンパニーのひとつです。NYCBがリンカーン・センターを本拠地としているのに対し、オフィスやスタジオ、バレエ・スクールはNYにありますが、ABTはツアー・カンパニー(ヨーロッパの劇場のバレエ団のような拠点があるわけではなく、いろいろなところを巡業していく形態)として活動しています。日本もおそらくそうだと思うのですが、アメリカではカンパニーはNPOというかたちで運営されています。チケット収入と寄付金で運営されているわけですが、だいたいこれが半々くらいの割合が理想とされているらしいです。そんなに寄付金に頼っている、というかNPOとして運営しているということも知らなかったので、いろいろと目からウロコ。

さらにさらに。わたしもこのプログラムにはいるまで知らなかったのが、ABTの教育活動。プロのダンサーを育てるバレエ学校があるのはもちろん、公立・私立の学校と連携して教育現場におけるバレエのアウトリーチを90年代後半からやっています。
そもそもなんでこんなことをやっているか、というと、理由はいくつかあります。

ひとつは、未来の観客を育てるということ。おそらく世界中で共通していることとして、バレエの観客動員総数は年々低下しています。バレエが最盛期だった時期に通っていて、バレエを各地で「育てた」観客層が年を取っていくことも要因のひとつ。また、アメリカではバレエを観に行く観客層は、裕福な白人の特に女性が多い。チケットの金額もありますが、特にNYなんかではバレエを観に行くことが社交ステータスの一部になったりするわけです。いろいろと複雑な背景なのですが、とりあえず観客層を広げようとしたわけです。

もっと概念の中心になってくるもうひとつの理由は、芸術教育の重要性です。
特にNYは貧富の差が激しい街。5番街のきらびやかなイメージもあれば、ghettoと呼ばれる治安の悪い地区もあります。未だに昼間ですら危ない地区もあるわけです。低所得者には給食費が免除になるという制度があるようで、貧困地区にはfree-lunch率が90%を超えるようなところもあります。なぜそういうところに芸術教育を持っていくかというと、簡単にいってしまえば、芸術にふれることやプロジェクトを達成すること、達成感をとおして自信をつけたり、表現や発散する術を知ることが、いわゆる負の連鎖を断ち切ることにつながるから。日本ではあまり考えられないこと(大きく取り上げられないこと)かもしれませんが、恵まれた環境にいない青少年に、ちゃんとした教育を受けようという志を持たせること、犯罪率や未成年の飲酒・ドラッグ使用・妊娠などの低下にも芸術教育はつながると言われています。これについては、また後日詳しく書きます。が、とにかく、青少年たちが自分たちの力と責任でプロジェクトに参加することによって、少しでもポジティブに生きてもらいたいというところからきています。

いくつかプログラムがあるのですが、Make a Balletというプログラムでは、ABTからのTeaching Artistsがサポートをしながら年間通してバレエを創るということを行っています。面白いなと思うのが、ただ学校に出向いてバレエを教え込むのではなく、生徒たちがパフォーマンス・チーム、アドミニストレーション・チーム、プロダクション・チーム、デザイン・チームの4つに分かれて「バレエを創る」という点です。パフォーマンス・チームは実際のバレエを踊ったり振付をしたりします。アドミン・チームは、年度末のパフォーマンスに向けての予算計画や寄付金集めなどを行います。プロダクション・チームは、照明デザインと操作をはじめ、舞台の裏方と表方について学びます。最後のデザイン・チームは衣装と大道具のデザインと製作を行います。こうしたプログラムに参加することで、他の学業との兼ね合いも含めた計画性、タイム・マネジメントなども身につけることができる。

テーマは、それぞれの学校や年によって異なります。ABTのレパートリーにベースした年もあれば、美術作品にベースしたときもあります。パブリック・アートをテーマにしたときには、NY在住のパプリック・アーティストとコラボレーションを果たすことができたそう。実際に彼も作品を提供してくれたとか。最終的には、リンカーン・センターのメトロポリタン劇場でパフォーマンスが行われます(豪華!)。

このプログラムに限らず、テーマを決めるときには、学校との連携も必須。例えば、中学2年生は「環境問題」を年間通して学校で取り組みたい、ということであれば、環境問題にベースしたバレエを創ることもできます。パフォーマンス・チームに限らず、ほかの3チームも活動する上で、environmental friendlyにいこうとすることもできますよね。「バレエを創る」ことが最終的な成果にはなるけれども、その過程ではリサーチもあるし、グループ・ワークやプレゼンがあってもいい。さまざまな「能力」を駆使してやっていくので、(これも後日触れますが)ハワード・ガードナーの多元的知能(Multiple Intelligence)の応用ですね。

やはりなんでもそうなんだけど、実際にやってみないと何が起きているのかわからないし、興味もわかない、というもの。ただ観に行ったり、ちょっとしたワークショップだけでなくて、生徒たちの「現実」とバレエを具体的につなげて、それをコミュニティーの中で行っていくこと、しかも複数の学校で行っているのに何年も続けてやっていくことに、なによりも驚きました。金銭面も含めなかなか一筋縄ではいかないこともあると思うのだけれど、バレエでこんなことができるのか、というかやっていいのか、ということ。もちろんこれは、ABTというブランドだからできることでもあるのだけれど。別にこれをそのまま日本でやろうと思ったわけではないですが、この話を聞くたびに「じゃあ日本だったら何ができるのかな」と考えさせられます。バレエのスタジオの運営などについても学ぶというのは分かっていたのですが、こうしたことまで学べるとは思っていなかったので、思いもよらない方向からの刺激で、今まで暗かった脳みその一部が光った感じです。

これでも相当簡略化したので、NPOの活動などに詳しい方には突っ込みどころ満載だと思いますが、ちょっとした紹介ですのでご了承ください。こっちにいるあいだにもうちょっと勉強します!!

PS
ついでに、もうひとつ。ABTは面白いプロジェクトをこの9月に発足させました。Project Pliéというもので、これはより多様なバックグラウンドのダンサーを育てよう、というなんともアメリカらしいもの。観客同様、バレエ・ダンサーたちも白人が圧倒的に多いのが事実(例外もありますが)。今までのアメリカのバレエ・カンパニーに少なかった人種やethnicityにも学ぶ場・活躍する場を、ということでABTのバレエ学校への奨学金を設けたりしています。これのプロジェクトのすごいところはABTだけでなくて、他のいくつかのバレエ・カンパニーとも連携しているところ。ABTを引退したダンサーが他のカンパニーで監督をしたりというのもあるので、そうしたつながりもあるのかと思うと、すごいこと考えるなと思います。

Tuesday, September 24, 2013

今やってること。NTCの発端とバレエの訓練。

わたしが今学んでいるバレエ教授法、ABTのNational Teaching Curriculum(NTC)について。

とにかく授業が始まってからの3週間ほぼ毎日のように言われているのが、Training should be simple and classic. Style is something you learn and add on later.ということ。バレエの訓練では、ケーキのスポンジ部分をしっかりと作る。スポンジができたら、クリームである「スタイル」を塗って完成。でも違うクリームも塗ることができるから、どんなケーキでもできるようにしよう、ということ。たとえばのはなし。

おそらく世界中で見られることだとは思うけれど、特にアメリカでは、バレエのスタイルの影響の大きさ、存在の大きさは他の比じゃないのではないかと思う。

ただ問題はそのスタイルあるいはメソッドがどれだけauthenticなのかということ。どれだけ本物か、というのは、ただ単に「本家のオリジナルじゃないから偽物でよくない」ということが言いたいのではありません。いわゆるスタイルやメソッドが独り歩きすることは、バレエの世界ではかなり頻繁に見られること。特に自分の師から教わったことは「絶対」という暗黙の了解がバレエ界にはあるから余計です。

たとえば、ある振付家が同じ作品でもダンサーが変われば、そのダンサーに合わせて振付も変えたり、そのダンサーに合わせたアドバイスを与えていたとします。ところが、振付家の影響力・存在が大きすぎたがために、あるダンサーの特徴に合わせて言ったアドバイスが教典化されるというケースもあります。当たり前ですが、身体や動きの特徴は人それぞれ。特定の人へのアドバイスが、万人に当てはまるわけではありません。

こうしたアドバイスがスタイルやメソッドとして教典化されることが、なぜ訓練において問題なのかといえば、しっかりとした骨組みの形成よりも表面的な部分が強調されてしまうから。

作品を踊る上では、歴代のダンサーの踊りを研究して、真似をして、芸を磨く、というのは必要となることですが、訓練では話が違います。

正しい訓練を受けたプロのダンサーは、技術の基礎ができあがった上で、自分のテイスト、スタイルや芸といったものを編み出したり、他のダンサーや振付家のスタイルを習得していきます。しかし、きちんと基礎ができる前のダンサー(あるいは習得者)が、いわゆる見栄え重視の「飾り」となるスタイルに重点がおかれた訓練を受けたらどうなるでしょう。結果としては、自分のバレエのベースとなる基礎がないために「土台のない家」のようなことになります。現実的な問題として、技術的な基礎が正しく習得できていないと怪我(急性・慢性どちらも)にもつながります。

バレエには、いくつかの流派(school)があり、伝統的なものでいうと、ロシアのワガノワ、イタリアのチェケッティ、フランスの3つが挙げられます(ブルノンヴィルは特殊だからおいときます)。それぞれが異なる文化圏で形成された流派なので、顔の付け方や手の形など異なるところがあります。しかしこうした違いは、それぞれの流派の美学・哲学など、根底に流れるものに基づいて形成されたものであって、そのコンテキストから外れて生まれたものではありません。

畑は違うけれど、世阿弥も同じようなことを言っています。手元に伝書(『花鏡』)がないので正確な引用はできませんが、わたしが修論に書いた内容からすると「いきなり名人の真似をしてはいけない。名人を真似るのは師匠についてしっかりと稽古を積んでから」ということ。名人は、基本の「型」というものをそのまま演じるわけではありません(それじゃつまらないし、名人じゃない)。型を崩しているのかもしれないし、型どおりよりも控えめに演じているのかもしれない。けれども、それは型を習得したうえでの演技であって、その名人の演じている「形」だけを素人が真似ても、土台となる型ができていないから、真の芸にはならない、ということ。ましてやその「形」が訓練や稽古のベースとなっていたとしたら、どうでしょう。

こうした問題に着目して、きちんと訓練された、健康なダンサーを育てるにはどうしたらいいかということを追求していって出来たのがABTのNTCとなるわけです。

ABT創設メンバーはチェケッティの教え子や孫弟子だったため、カンパニーの歴史やアイデンティティを考慮した上で、NTCではチェケッティの用語が使われています。それでもチェケッティの指導法をそのまま試みているわけではありません。この動作はどこから来ているのか、初めてやったのは誰なのか、誰がこうすると決めたのか、流派でどう違うのか、何が「独り歩き」の結果として定着したもので何がauthenticなものなのか、などなど。このカリキュラムをつくるにあたってカリキュラムの創設者たちが網羅したバレエ教授法や歴史に関する文献や情報量はハンパじゃない。「このエクササイズはパリ・オペラ座、これはワガノワの」というものもちらほら。前の記事にも書いたけれど、カリキュラムを組み立てた1人はオペラ座で訓練を受けたダンサー。彼らが師事していたAlla Osipenkoはワガノワの最後の弟子のひとり。とにかくコネもすごい。2008年に始まったばかりのものなので日本はもちろん、アメリカでもまだあまり知られていない。かといって、突然作られたものではなく、彼らが以前教えていたプライベートのバレエ・スタジオやバレエ学校で得た経験と知識と一緒に相当な年月をかけて形成されたカリキュラムなのです。

カリキュラムは、実際のレッスン内容だけでなく、メディカルの専門家も招いて作られたもの。解剖学的に一番無理なく効率よくできる方法についてはもちろん、生徒の年齢によって異なる発達状態にも注目した指導法。例えば、5、6歳まではロジックはもちろん、まだ人間として必要な能力が発達しきっていないから、本格的なバレエのレッスンはもっと後になってから、というのもその1つ。思春期の生徒たちにはどのようにアプローチするべきか、ということも触れます。

とりあえず、こんなことを勉強しています。今は学んでいるレベルのレッスンを受けて、その内容のポイントや重要性についてのレクチャーを受けています。たまに解剖学や音楽(ピアニストさん)のレクチャーなんかもあります。


こうして文字にしてみると、今までやっていた研究と重なる部分があることに気づいたりして面白い。これでまたバレエに限らず学校における舞踊教育なども含めた教育理論の授業と合わせて考えると矛盾点が出てきたりしてさらに面白い。課題ばかりに追われていてもしかたないので、たまにはこうして振り返ったりしながらライフワークである「舞踊と人間の関係」について考えてるのも必要だなと実感。

ざっとした概要なので、本当はまだまだ言いたいこといっぱいあるのですが、今日はここまで。

Thursday, September 19, 2013

Fashion meets Ballet: NYCB Fall Gala 2013

今日は舞台記録*をかねて、わたしの大好きなNYCBのご紹介。
New York City Balletはアメリカの大きなバレエ・カンパニーのひとつで、リンカーン・センターが本拠地。1948年に振付家George BalanchineとLincoln Kirstein(プロデューサー兼キュレーターのようなことをしていたすごい人)が設立。バランシンは、アメリカのバレエを築いたと言っても過言ではないほど。日本には5年ぶり(かな?)で10月にツアーに行くのでお見逃しなく!笑 

実は先日のシーズン・オープンの公演(17日)の「白鳥
の湖」も観に行ったのですが、今回はガラについて。
Fall Galaは、有名デザイナーとのコラボレーションでNew York City Balletの秋のシーズンを明けて、カクテル・パーティーとディナーがリンカーン・センターの劇場のホワイエで行われる大イベント!わたしはただ新作バレエが観たいから行ったのだけど、本当に豪華!パーティーやディナーは寄付金集めもかねたイベント。

去年はValentinoが衣装をデザインした新作やバランシンのRubiesの衣装のre-designがありました。このGalaの実行委員会がまたすごくて、Sarah Jessica Parkerをはじめ、わたしでも知っているデザイナーや役者などが名を連ねる豪華ぶり。

今年は、ぜいたくにも3作品がworld premiere。

ひとつは、ここ近年振付で活躍し、NYCBのソリストでもあるJustin Peckによる新作 Capricious Maneuvers。多分わたしとそんなに年齢変わらないくらいの若い振付家なのだけど、NYTでも評判よかったので、ずっと見たかった振付家のひとり!Peckの作品はPrabal Gurungによるデザイン。
http://www.youtube.com/watch?v=NIDtLd7oEYE

動きとフォーメーションが抜群。きまぐれCapriciousという言葉がぴったり。音楽の雰囲気もだし(というか音楽からインスピレーションを得ているんだとは思うけど)、動きのちょっとしたニュアンスとその形の美しさが気持ちいい。爽やかな印象で、ちょっとユーモラス。ようするに、わたし好み笑 ただ衣装はこれじゃない方がいいんじゃないかとか思ってしまった…苦笑 ハーネスの黒い線はなくてよくないか?と思ってしまう笑 でもPeckはこれからが楽しみ!


ふたつめは、映画Black Swanでもおなじみ(なのか?)の振付家Benjamin Millepiedによる作品Neverwhere。ナタリー・ポートマンの旦那さんでもあり(わたしは見かけなかったのだけれどナタリーも会場に来ていたそう!)、パリ・オペラ座の次期芸術監督でもあります。彼の作品を見るのは多分今回が初めて。デザイナーはIris Van Herpen。黒のプラスチックっぽい素材を蛇腹っぽくしてみたりと、とてもカッコいい。というか、よく考えるなぁ!と脱帽。
http://www.youtube.com/watch?v=40FLJ3_TtBo

衣装があまりに奇抜なのでどんな感じになるのだろうかと思っていたけど、セットと照明の効果と彫刻みたいにダンサーたちで作り上げる空間が絶品。照明があたって黒光りするダンサーたち。女性ダンサーはブーツをはいているみたいに見える!新鮮。動きはPeckの方が面白いんだけど(あくまで主観)、空間の作り方がミルピエは素敵。時間のひっぱり方も、香水の宣伝でも見ているような気分。あれは映像に撮っても映えるんじゃないかと思う。ただ、途中で衣装に飽きてしまった。また映える瞬間もあるんだけれど、ファッションショーではないから、ずっと見ていて、さらにそれで動いていても飽きないというのはなかなかプロのオートクチュールのデザイナーにとっては難しいところなのかも?

それでもバレエはPeckのように動きの感じで表現するものもあれば、ミルピエみたいに衣装を含め舞台空間全体を使っての表現も可能で、うーむ、なんて面白いんだ!としみじみ。どれがいい、とかというのではなくて、どれもアリ、ということ。


みっつめは、前衛振付家(とプログラムには書いてありました)Angelin PreljocajのSpectral Evidence。この人は本当にもう天才なんだよなぁ。衣装デザインはTheoryのディレクター、Olivier Theyskens。男性は、牧師を連想させる黒のスーツっぽい上下で髪はピタっとなでつけてある。女性は白いふわっとするワンピースでダンサーによって身体の部位に赤い模様?が入っている。髪はおろしてあるから、男性とは対照的。曲はジョン・ケージなんだけれども、全然ケージっぽくない!ことば、歌、呼吸(電子)という感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=hvp8DnoVHys

プレルジョカージュのこの作品はわたしの中では別格。intensityがすごい。素晴らしい作品についてはあまり言葉で説明しても仕方がないといつも思ってしまう。照明はいってから最後までずっとドキドキしていられるくらい。男性陣はときたま入るバレエのボキャブラリーが映える。スーツだけど細身に見える。女性陣と踊ると影みたいにも見える。男女、priestと魔女、logic and instinctという感じ。衣装との関係も相互作用で面白い。人間の根本にあるものが引き出される。作品でソロを踊ったRobert Fairchildが素晴らしい!あんなにいい味出せるダンサーだったっけ?と思ってしまうほど。彼とパ・ド・ドゥを踊っていたTiler Peck(わたしの大のお気に入りのダンサーなのだけど)とのパートナーシップとintensityも素晴らしかった。というか、バレエ・カンパニーでこの作品踊れるってすごい!!


最後は、バランシン振付のWestern Symphony。大好きなこの作品、生で観るのは初めてでこれも楽しみにしていたのだけど楽しかったー!!カウボーイが出てくる、いかにも、アメリカ!なエンターテイメントなバレエ。派手だし、音楽も楽しいし、スピードあるし、本当に楽しい作品。衣装はKarinska。短いチュチュと帽子がとっても可愛い!

バランシンはシリアスな名作もこういうpure entertainmentな名作も作れてしまうって本当に天才、と思いつつ、このバレエ・カンパニーを創設して、新しいバレエを上演する伝統を受け継ぐような精神を育ててくれてありがとう、と心の底から感謝しました。実は、ミルピエも元NYCBのダンサーであり、NYCBのNew York Choreographic Instituteで振付を学んだひとり(ペックもそう)。このInstituteもバランシンの新しいバレエ作品を創って、上演することの精神を受け継いでできたもの。

「伝統と創造」とかいうとありきたりな感じがするのだけど、それをやっていくことはなかなかできるものではない。

NY戻って来れてよかった、と思う瞬間のひとつでした。



*この記録は、わたし個人の感想であって、わたしの所属する大学、コースや団体等は一切関係ありません。

Friday, September 6, 2013

ひとまず授業。

まだあと月曜日が残っていますが、ひとまず一週間を終えて。
どんな授業をやっているかを紹介します。
ちなみに、ABTはAmerican Ballet Theaterの略です。わたしのコースはABTが考案したNational Teaching Curriculum(NTC)をベースにバレエの教授法を学ぶものなので、ABTはいっぱい出てきます。

①アート・マネジメント
ABTの教育部の方々が講師陣となって、NPOのマネジメントについて学んでいきます。ここまで来て、ドラッカーを読んでいます。去年日本で文化マネジメントのコースを取ったけれど、それは概論という感じ(とても面白かった)。こちらはもっと実践向き。どこかで必要になるようなものだろうとは思うけれど、今まで全く触れてこなかったものだし、そもそもNPOが実際どういうものかも分かっていないので、いい機会の新たなるお勉強。講師陣の二人は実際にABTであれこれ切り盛りしてる人たちなので、バレエの現場の人のpoint of viewが分かるのは面白そう。そのうちcity centerのマネジメントやってる人などなどもレクチャーに来てくれるそう。ちなみに、勉強するのはアメリカのことになるので、日本ではまた勝手が違うだろうけど、それはまたそれで勉強です。

②ABTの教授法のクラス
これは週3回の朝10時から1時までの授業で、前半90分はレッスンで後半に理論のレクチャー。まだ始まったばかりなので、どうやってABTがこのカリキュラムを作るに至ったか、なぜこの方法を取ったのか、「選ばれた一握りの人」以外の人も含めたバレエ教育はどうあるべきなのかをプログラムを作った張本人のRaymond Lukensからレクチャーされています。レッスンも彼が教えてくれます。彼がバレエを教わった人はワガノワの直弟子だし、バランシン本人が教えるクラスも受けたこともあるし、チェケッティも勉強して、ヌレエフと一緒に踊っていた経歴の持ち主。「例えば」と例にあげてくれる話がダンサー、そして教師としての実体験からきているものだし、本当にたくさんの(有名な)ダンサーたちを見てきているから説得力があるし、わかりやすい。昨日は、Raymondと一緒にこのプログラムを立ち上げた、ABT付属のバレエ学校Jacqueline Kennedy Onassis (JKO) Schoolの校長のFranco De Vitaの特別レッスン。彼はパリ・オペラ座で訓練を受けて、踊っていたダンサー。バレエに詳しい人でないと、この網羅具合のすごさが分かりにくいかもしれないけれど、とりあえず、今まで世界中で行われていたバレエのあり方を見ていった上で、人間の身体・脳の発達や解剖学など科学的な知見から考案されたプログラムです。レクチャーもだけれど、レッスンもとっても勉強になります。踊ったすぐあとに、話を聞いて、というプロセスでより一層理解が深まる。
あと1ヶ月に1回くらいは、ABT専属のメディカル専門の方が解剖学、動作学、栄養学、などなど、ダンサーの健康に関するレクチャーをしてくれます。バレエ・ダンサーのエキスパートなので、わたしたちダンサーも得るものがあります。

③舞踊教授法・教材
この授業、初回がユダヤ教の新年前日で、ユダヤ教徒の先生なので最初の15分でいなくなってしまい、あまり概要がはっきりしていません笑 が、とにかく教育の理論家たちの本やら論文やらをたくさん読んでディスカッションする、という授業みたいです。デューイとか読みます。もちろんドゥブラーも読みますよ!一番キツいと言われる授業。

④Kaleidoscope Dancers Company
この授業は、実質、ダンス・カンパニーとして機能します。意味がわからないと思いますが、最終的にはNYC各地の小学校から高校までの生徒たちを呼んでパフォーマンスを見せて、ディスカッションして、レッスンをして、ダンスを作って、見せ合いっこする、というワークショップをやるための授業です。コミュニティ・サービスをやっていく授業なので、カンパニーという形態を取っています。今年は、Dance Edの専任の先生以外に、この夏にこのコースを卒業したウガンダ出身のdance educater(彼もフルブライター!)が率いてくれます。ウガンダは東アフリカの国。わたしたちが普段アフリカン・ダンスとして目にするものは西アフリカのもの、あるいは西アフリカにベースしたものが多いので、東は珍しいとのこと。わたしも西アフリカの踊りはやったことあるのだけど(意外だろうけどあるんです!笑)、全然動きの質が違う。子どもたちに教えることになるので、子どものダンスを習ったのですが、歌いながら踊ります。普段踊りながら歌わないし、そもそも歌わないし!!みんなでひーひー言いながら、やっていました笑。でもとっても楽しい。2年目の人たちに「今朝Kaleidoscopeあったんだ」と言ったらみんな「わー!いいなー!!またやりたい。超楽しいよね!」と言っていました。ふふ。

⑤わたしたちも、そして先生もいまいち分かっていない授業 笑
とりあえずNY中のいろいろな資源を使えるように、という授業です。フィールド・ワークに行ったりするみたいですが、全貌いまだわからず。誰も理解していない。そのうち分かると思います。

⑥Laban Movement Analysis
これは月曜日なのでまだだけれど、とりあえずLabanという人が考案した動きの分析法を学びます。考えてみたら以前留学したときにこの理論の授業取ったなと思ったり。でも5年も前の話なので、頑張って思い出します笑

あと11月半ばにMaster's Concertがあるのですが、そのオーディションが明日あるので行ってきます。オーディションといってもそんなコワい感じのではないらしいです。多分コンテンポラリー・バレエの作品になると思うのだけど!

とりあえずこんな感じです。でも2年生には「んー、1月くらいになるまで多分何がどうなってるのかわかんないと思う笑」と言われました。

ひとまず頑張りますが、すでに楽しいです。

Monday, September 2, 2013

introduction

はじめましての方もそうでない方も。

2013年9月からのアメリカはNYCでの留学生活について記していこうと思い、ブログを立ち上げました。

留学先のニューヨーク大学(NYU)についてやわたしの専門、はたまた観劇記録なんかも含めてやっていけたらと思います。また今回の留学は、光栄なことにフルブライト奨学生として送り出してもらっているので、フルブライトのことについても触れていけたらなぁ、とも思っています。もちろん奨学金の存在は確かに大きいのだけれど、それよりも、なによりも、フルブライトを通した出会いの機会が本当に素晴らしいということを知ってもらいたい。

留学先の所属は、長いですが、New York University, Steinhardt School of Culture, Education, and Human DevelopmentのDepartment of Music and Performing Arts Professions (MPAP)のDance Education専攻の中のABT Ballet Pedagogyというコースです。そもそも学部よりも大きいくくりの「学校(school)」がある時点で、大学どれだけ大きいのと思ってしまいます。何を学ぶコースかというとバレエの教授法です。3セメスターのコースなので、2014年の年末には終わります。

軽く今回の留学についてのバックグラウンドを。
この春に日本の大学院で修士課程を終えて、そのまま博士課程に進学しました。今は、休学して、こちらに留学しています。
わたしの専門は、舞踊・舞踊教育で、ひらたく言えば「舞踊の稽古・訓練と人間形成」についての研究をしています。漢字ばっかりで難しそーとわたしが見ても思うのですが、やってることは結構単純です。
この春終わった修論は、上のテーマについての文献研究なのですが、研究を進めるうちに「これについては文献だけじゃなくて、実践がともなわなければダメだなぁ」と気づき、今回の留学に至りました。この留学が終わったら、日本に戻って大学院に復学して、理論と実践をあわせた博士論文を書くというプランです。
わたしの研究テーマについて、それから「舞踊」、「舞踊教育」という学問についてはまた後日詳しく書きます。

さくっと渡米してからの流れをまとめると、まずNashville, Tennesseeでフルブライトのgatewayオリエンテーションなるものが数日間あり(本当に楽しかった!)、それからNYにやってきて、昨日(9月1日)住処となるEast Villageのアパートに入居しました。NYなのに部屋が広い…。ちなみに、以前NYのLong Islandにある州立大学に留学していたのでNYは超ホームとまではいかないけれど、新宿よりはなにがどこにあるかがわかる程度にホームです。(全然参考にならない笑)

というわけで、というか、実は、明日(9月3日)から授業が始まります。
大学のオリエンテーションでほとんどの同期には会ったので、そこまでビビってはいませんが、ドキドキ。

でも、愛する、憧れのNYに住めるということ。しかもNYUでダンスの勉強ができるということ。大好きなNYCBのバレエもたくさん観られるし、大好きな作品がたくさん貯蔵されているMoMAにも行き放題!

これからの1年半が楽しみすぎる!!わーい!!


今日はここでおしまい。:)